はじめに
以前の記事では、私がFXトレードにおいて、食事と健康を土台にしている理由を書きました。今回は、その考えに至るまでの説明ではなく、食事を見直すなかで身体がどのように変わっていったのかに焦点を当てます。変化は、ある日を境に不調が消えるようなものではありませんでした。睡眠、呼吸、朝の感覚、頭の働き方。毎日のなかに現れる小さな違いを重ねるうちに、以前とは身体の状態が変わっていることに気づきました。私にとっての「healing through food」は、食事によって身体を少しずつ回復へ向かわせていった経験を表す言葉です。
「healing through food」に重なる、食を通じた回復
英語の「healing through food」からは、食を通じた回復や、食べることで身体を内側から養っていくことが連想されます。ここでいう「healing」は、ひとつの食べ物が病気を治すという意味ではありません。少なくとも私の経験は、そのような単純なものではありませんでした。食事を見直し、身体の反応に目を向けながら、日々の状態が少しずつ変わっていった。その長い経過を振り返ったとき、この言葉が自分の経験に重なります。
以前の私は、食後に眠くなることを当たり前だと思っていました。学生のころから続いていたため、それが自分にとっての普通になっていたのです。眠気が強くても、食べたあとは誰でも眠くなるものだと考え、身体からの反応として深く捉えることはありませんでした。結婚後に睡眠時無呼吸症候群と診断されてから、ようやく睡眠だけでなく、日中の眠気や食後の状態にも目を向けるようになりました。
そこから始まったのは、何か一つの正解を見つけることではなく、自分の身体と食事の関係を考え直すことでした。食べることは、空腹を満たすだけではありません。食後にどのような感覚が残るのか、夜の睡眠や翌朝の状態にどうつながるのかまで含めて、食事を捉えるようになりました。食事そのものを万能なものとして見るのではなく、身体が回復していくための条件のひとつとして見直していく。この捉え方が、私の経験には最も近いと思います。私にとって食を通じた回復は、特別な一食から始まったのではなく、これまで普通だと思っていた身体の反応を見直すところから始まりました。
一度の変化ではなく、毎日の積み重ねとして見る
身体を整えたいと思い、食事を見直し始めました。しかし、すぐに分かりやすい変化が現れたわけではありません。調子が良くなったように感じる日もあれば、以前とあまり変わらない日もありました。一日だけを見ても、それが食事による変化なのか、たまたまその日の調子が良かっただけなのか、判断できませんでした。
そこで私は、その日の調子だけで食事の見直しを評価するのではなく、ある程度の期間を通して身体を見るようになりました。以前と比べて眠気はどう変わったのか。朝の身体にはどのような違いがあるのか。呼吸や頭の働き方はどうか。調子の良い一日だけで変化があったと決めず、身体が重い一日があっても、それだけで食事の見直しを否定しないようにしました。
食事を見直している最中は、身体の変化が小さく、気づかないこともあります。それでも続けたあとに振り返ると、以前とは違っている部分が見えてきました。その日のうちには分からなかった変化が、日々を重ねることで少しずつ形になっていたのだと思います。
食事は毎日繰り返すものです。だからこそ、その影響も一度の食事で決まるのではなく、日々のなかに積み重なっていきました。急いで結果を求めるのではなく、自分の身体がどのような反応を返しているのかを見ながら続ける。その時間も含めて、私にとっては身体を整えていく過程でした。
「healing through food」という言葉から私が思い浮かべるのは、何かを食べた直後に感じる大きな変化ではありません。食事を見直し、それを続けた先で振り返ったとき、以前との違いに気づく。そのような、時間をかけて現れる回復です。
身体の変化は、日常の小さな感覚に現れた
食事を見直すなかで感じた変化は、数字だけで確かめられるものではありませんでした。朝起きたときの感覚、日中の眠気、呼吸の深さ、考えたいときに頭が働くかどうか。どれも日常のなかでは見過ごしやすいものですが、以前の状態を知っている自分には大切な違いでした。身体が整ってきたと感じたのは、不調が一度に消えたからではなく、こうした場面で以前との違いが重なっていったからです。
睡眠時無呼吸症候群に苦しんでいたころは、眠っても身体が休まった感覚を得にくく、日中にも強い眠気がありました。頭がぼんやりして、集中を保ちたいときに保てないこともあります。その状態が長く続くと、調子が悪いことさえ日常の一部になっていきます。だからこそ、朝の感覚や呼吸、思考の静けさに少しずつ変化が現れたとき、それは私にとって大きな意味を持っていました。
回復という言葉には、元気になった瞬間を思い浮かべることもあります。しかし、私が経験した回復は、もっと静かなものでした。以前は難しかったことが、あるとき少し楽にできている。朝を迎えたときの身体が、以前ほど重くない。そのような小さな違いを後から確かめるような経過でした。変化を感じられない日があっても、それまでに現れた小さな違いまで消えるわけではありません。食事を見直したことは、身体を急に別のものへ変えたのではなく、本来の働きを少しずつ取り戻す時間につながっていったのだと感じています。
食べたものだけでなく、食べたあとの自分を見る
食事について考えるときは、何を食べたかに意識が向きやすいものです。もちろん、食べたものを振り返ることは大切です。ただ、私が食事を見直すなかで重く見るようになったのは、その食事のあとに自分の身体がどうなっているかでした。食後に強い眠気が出ていないか、頭がぼんやりしていないか、夜の睡眠や翌朝の感覚はどうか。食べ物の名前だけではなく、その先にある身体の反応まで見ることで、自分にとっての食事を考えやすくなりました。
同じ食事でも、身体の状態を意識していなければ、変化にはなかなか気づけません。私自身、学生のころから感じていた食後の眠気を長いあいだ普通のこととして受け入れていました。身体は反応を返していたのに、私はそれを確かめようとしていなかったのだと思います。睡眠時無呼吸症候群をきっかけに身体へ意識を向けたことで、それまで別々に考えていた食事、睡眠、日中の状態が、ひとつの生活のなかでつながって見えるようになりました。
食事を見直すことは、食べ物を選び直すことだけではありませんでした。自分の身体に起きていることを、以前より丁寧に受け取ることでもあります。誰かにとって良いとされる食事が、そのまま自分の身体の答えになるとは限りません。私の場合は、身体の反応を見ながら食事と向き合い続けたことで、少しずつ変化に気づけるようになりました。食を通じた回復は、食べることと身体を切り離さずに見るところにあったのだと思います。
整っていく身体と、FXに向き合う時間
食事を見直して身体が少しずつ整っていった経験は、FXとの向き合い方にもつながっています。ただし、食事を変えたからトレードで勝てるようになった、という話ではありません。相場の判断には、環境認識や手法、資金管理などが必要です。それでも、それらを使うのは自分の身体であり、頭です。身体の状態が変われば、チャートを見る時間の質にも違いが出ることを、私は自分の経験から知りました。
日中の強い眠気や頭のぼんやり感がある状態では、目の前の値動きを落ち着いて見続けることが難しくなります。考えたいときに頭が働かなければ、分析の手順を知っていても、それをいつも同じように使えるとは限りません。反対に、睡眠や呼吸、朝の感覚が整っているときは、チャートの前でも自分の状態を保ちやすくなります。食事の見直しは、身体を通して、相場に向き合う自分を支えてくれました。
前の記事で書いた「食事と健康はFXの土台である」という考えは、この回復の過程から生まれたものです。今回、あらためて残しておきたかったのは、その土台が一度にできたわけではないということでした。日々の食事を見直し、身体の小さな変化を受け取りながら、長い時間をかけて整っていった。FXのために食事を見直したのではありませんが、身体を整えてきた時間は、結果としてトレードを続ける自分にもつながっています。その経験があるからこそ、私は今も、チャートを見る自分とその身体を、トレードと切り離さずに考えています。
まとめ
「healing through food」から連想されるのは、食を通じて身体を養い、回復へ向かっていくことです。私にとってそれは、特定の食事だけで急に健康を取り戻したという話ではありません。食後の眠気を当たり前にせず、睡眠や呼吸、朝の感覚、頭の働き方に目を向けながら、食事を少しずつ見直していった経験です。
変化は小さく、一日だけでは分からないこともありました。それでも時間を重ねて振り返ると、以前とは違う身体の状態がありました。その回復は、FXの手法や知識を直接増やすものではありませんが、チャートと向き合い、考え、判断する自分を支えています。食事を見直すことは、私にとって、毎日の身体を通して少しずつ自分を整えていくことでした。


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